現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第25回

第19話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第十九話 HAVE A NICE DAY(良い1日を・・)

年越しそばを選んでいるおじいさんとおばあさん

クリスマスが終わると、年越しの準備だとかで、どこも忙しくなって来る。大そうじとか食料の買い出しなどなど・・・。大そうじは仕方がないとしても、昔とは違って、コンビニはあるしスーパーは2日には営業しているところもある。そんなご時世だから買い出しに行かなくてもいいと ウッチャンは想っている。

ところが、我が家の女性陣は違う。 母親と妹は、ちらしを見ながら、安いの高いのと、何やら相談している。そして、買い物に行く準備を始める。そんな会話を耳にしながら自分には関係ないと想っているウッチャン。

そこへ、妹が
「お兄ちゃん、買い物に行くから 支度して」と言いながら部屋に入って来た。
それを聞いて、
「おれは、行かないよ」と返事をする。
「なんで行かないの」と聞き返す妹。
これに、
「逆に聞くけど、なんでおれが行かないといけないの」とウッチャン。
それを、聞いて
「お母さん、お兄ちゃん行かないって!」と言いながら 母親の元へ戻る妹。
それを聞いて、今度は母親が、ウッチャンの部屋に やって来て、妹と同じ事を聞いてくる。
ウッチャンもまた妹に言ったように答える。
すると、
「家にいてもたいくつでしょう。それに、帰りは、どこかでお昼食べて帰るつもりでいるからいっしょに出かけた方がいいよ」と言ってきた母親。
それでもウッチャンは
「行かない!」の返事。

こうなると、母親と妹コンビVSウッチャンのバトルトークが始まる。
でもって、どんなに抵抗してもウッチャンは、二人には勝てず出かける事になる。
無理矢理連れ出されたウッチャン、きげんがいいワケがない。
スーパーの駐車場についても、
「車で待っている!」と、悪あがきする。
しかし、
「ここまで来て何言ってんの。無駄な抵抗はやめて出て来なさい!」の母親の一言。
これには、
「なんだよ。人質とって、どっかにたてこもった犯人を 説得するみたいな言い方すんなよ」と言い返すウッチャンだった。
すると、勝ち誇ったように
「言われたくなかったら、出てきなさい!」の母親の一言。

こうなると、ウッチャンには抵抗するすべはない。
妹の腕につかまってスーパーの中へ。
カートを2台用意して店内を動き回る。
普段は、膝がイタイの、腰がイタイのと、歩くのが遅いウッチャンの母親なのだが、 カートが歩行機替わりになるのだろうか、いつもの倍のスピードで歩く。
動きが早いのはいいんだが、デパートに、久しぶりに連れて来られた子供状態になる。

つまり、チョット眼を離すと、どこかに行ってしまう。
品物を探すより、母親を捜さないといけなくなる。
「お兄ちゃん、チョットここで待ってて」とウッチャンに行って、母親を探しに行く妹。
ウッチャンは、この待っている時間がキライなのだ。
ボーとしているのもいやなのだが、親切な店員さんが声をかけてくる。
「どうされました」 「何かお困りですか」などなど、声をかけられる度に恐縮しながら「大丈夫」だと答えなければいけない。
はっきり言ってめんどくさいのである。

そんなこんなで、いらついているウッチャンの前に、何事もなく戻って来る母親にムッとするウッチャン。
思わず一言出そうになるのだが、グッと堪える。
ナゼ耐えるのか。答えは簡単。
ここで、一言二言言えば、帰ってくる一言は2倍3倍になる。
倍になって返ってくれば、その倍言い返す。
つまり、親子げんか状態になる。
そんな事に時間を使うより、おとなしくしていれば それなりに早く帰れると想っていたウッチャンなのです。

買い物をはじめてどのくらい時間がたったのだろうか、妹が
「お兄ちゃん、何かほしい物ある?」と聞いてきた。
それに、
「別にない。それよりハラ減った」と一言。
この返事に、
「お腹すいたって・・・」と答えながら、時間を確かめる妹。
「わっ、もうこんな時間・・・」と妹。
「今、何時なんだ?」と聞くウッチャンに
「12時過ぎてる」の妹の返事。
これには、疲れたようにため息をつくしかないウッチャンだった。 そして、
「必要な物は見つかったんだろう?」と二人に聞くと
メモを見ながら、カートの中身を確認し始める二人。
すると、
「あれがない、これがない」と言い出す二人。
でもって、品物探しに動き回る。
ここまでになると、もうあきらめて二人につき合うしかないウッチャンだった。

そんな中、妹の足が止まった。
捜し物をしている様子ではない。
「どうした?」とウッチャン
「手をつないで買い物しているおじいちゃんとおばあちゃんがいる。 スンゴーク仲よさそう。でも、なんかアブナイ。 誰かとぶつかったら二人ともころんじゃいそう」という妹の返事。
「おばあちゃん、足が悪いみたい。手をつないでいるというか おじいちゃんの腕につかまっているって感じかなぁ」と、言葉をつづけた。
これに、
「誰かにつかまって歩いているのはおれも同じ。人の事はいいから、早く買い物すませてくれ。」とウッチャン。
これに、
「わかった!わかった!」とぶっきらぼうに答える妹。

そして、その場を離れる二人。
早く帰りたいウッチャン。
品物を探している妹に
「もう、余計な物に手を出すなよ。」とイヤミの一言。
これに、
「ハイハイ」と、右から左へ受け流すような返事の妹。
これには、言い返すだけ無駄だと、だまるウッチャンだった。
とにかくウッチャンが、(これで、帰れる)と想っていると 妹が小声で
「さっきのおじいさんとおばあさんがいる」
この言葉に、なぜか足が止まるウッチャン。
「年寄り二人だけで、買い物にこなきゃいけないのもたいへんだろうな」とつぶやくと、
「そうだよねぇ」と妹。
ただなんとなくそんな会話をしている二人に おじいさんとおばあさんの会話が聞こえて来てしまったのです。
それは、やさしくも心暖かくなる会話でした。

おじいちゃん 「今年の年越しそばは、これでいいかのぅ」
おばあちゃん 「それは、何ですか」
おじいちゃん 「テレビでやっている、お湯を入れたらそばになるヤツだよ」
おばあちゃん 「へぇ、それがそうなんですか」
おじいちゃん 「ウン、食べた事ないから、味はわからんが簡単だからな。おばあさん、これでがまんしてくれるか」
おばあちゃん 「がまんも何もありませんよ、おじいちゃんとおそばが食べられるだけで十分ですよ」
おじいちゃん 「そうかぁ、それじゃおばあさんはコレにしてワシはこれにするかな」
おばあちゃん 「おじいさん、それはオウドンですよ」
おじいちゃん 「エッ、ありゃほんとだ。ハハハ!」
おばあちゃん 「おじいさん、無理に二つ買わないで二人で分けて食べませんか、他にも食べる物を買いましたし、一人分を全部食べられるかわかりませんから」
おじいちゃん 「ワシは、かまわないがいいのか」
おばあちゃん 「いいですよ、それに一つにすればお酒買えるでしょう」
おじいちゃん 「エッ、酒買っていいのか」
おばあちゃん 「いいですよ。でも小さいのですからね。ちょっと早い、私からのお年玉です」
おじいちゃん 「おばあさんからのお年玉かぁ。うれしいのう。それじゃぁ、ワシからも何か・・」
おばあちゃん 「おじいさんからは、もうもらいましたよ」
おじいちゃん 「ハテ、おぼえはないが?」
おばあちゃん 「こうして二人で買い物に来れるようになったのがおじいさんからもらったお年玉ですよ。今年1年、おじいさんに苦労かけましたからね」

ほんの数分間の会話でした。
ウッチャンと妹にとって、なんとも表現できない時間が流れた。
そこへ、
「何をしてんの」と母親に声をかけられ、我に返る妹。
そして、
「行こうか」とウッチャンに声をかける。
「うん」とうなずくウッチャン。
しばし無言で移動する妹とウッチャンだった。
この静けさが苦手なウッチャン。
「今時、カップメンを知らないってのは・・・」 と独り言のようにつぶやき、言葉をつづけようとした。
それを制するように、
「お兄ちゃん、なんでいつもそうなの。自分の気持ちにすなおになったら」と妹に言われた。
すっかり心の中を読まれてしまっているウッチャンに、返す言葉はなかった。
そんなこんなで、買い物を済ませて、駐車場へ。
荷物を乗せて、さぁ帰ろうかって時に、妹が
「ちょっと待ってて!」とどこかへ行った。

しばらくして戻ってきた妹に、
「どこへ?」と尋ねると、
「さっきのおじいちゃんとおばあちゃん見かけたから・・・、重たそうな荷物持ってたし、歩いて行く方向見てたら信号機があるけど、信号が変わるのが早い横断歩道の方へ行くみたいだったから・・・」
「それで、心配して見に行ったわけか?」
「ウン」と返事をする妹。
「で、どうだった?」と聞くと、
「渡れた。おじいさんの腕につかまっておばあさん歩いてた」
ここまで聞いたウッチャン。
またも無言になる。そして
「まいったなぁ」と眼を閉じ、ため息をついた。

横断歩道を渡る二人の情景が頭に浮かぶ。
たまらなく心にしみてくるウッチャンだったのです。
昭和から平成へ。
社会の変化に戸惑いながらも そのすべてを受け入れ生きてきただろうおじいさんとおばあさん。
ただただ、穏やかな1日を過ごせればと、願って暮らしてきたのだろう。
お互いをいたわりながら1日1日を積み重ねて1年を過ごして来た二人。
そんな風に思えたウッチャン。
買い物をすませ、家に帰る車の中。
数日後にやってくる新年よりも、
明日が、おじいさんとおばあさんにとって、いい1日になる事を祈る気持ちになっていた。

第25回終わり