現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第24回

第18話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第十八話 ウッチャン的警察24時

白バイを押して歩道に乗ろうとしているイラスト

京急上大岡駅の駅前交番にウッチャンの姿。アー、ついに何かをやってしまったのか、うなだれるように立っている。確かに、顔つきは、気まずそうな感じだが、心の中は何かに興味津々、耳はダンボになっているようだ。しかし、ナゼ交番にいるのか。話は数分前に溯る。

京浜百貨店で、店内を案内してくれるサービスを利用して買い物をしていた。買い物と言っても、百貨店内にあるヨドバシカメラに、プリンターのインクを買いに行っただけ。百貨店を出ると、案内をしてくれた人に、交番までの誘導を頼んだのである。目的は、駅から少し離れた場所にある○○銀行までの誘導をおまわりさんに頼むためだったのである。

駅前の横断歩道を渡り、左方向へ進めば銀行があるのはわかっていたのだが、単独で行くのは初めて。だれかに聞いたり援助を求めて行くのもいいが、どうせならラクして行きたいと考えたウッチャン。交番があるのを思い出し、(久しぶりにおまわりさんに世話になるか)と 思ったのである。

「聞き込み、事情聴取、鑑識の結果……」

交番に到着、案内をしてくれた人に礼を言って別れると、交番の中に向かって声をかけるウッチャン。ざわついていて聞こえないのか、自分の問いかけに反応がない。もう一声あげようとした瞬間、「ごめんなさい、チョット待ってください」の声。その声の主は交番の奥へ。奥にいる者に何やら説明してもどってきた。そして、「どうされましたか」とウッチャンに尋ねた。

ワケを説明、誘導をお願いするウッチャンに、「こまったなぁ」の返事。この言葉にガッカリするウッチャン。(頼りにしたおれがバカだったなぁ)と思いながら、「何かお忙しそうなので、自分でなんとかします」と言うと「チョット前に、事件があって立て込んでるんです。もう少し待ってもらえますか」の言葉に、(エッ事件)と思った瞬間、ウッチャンの耳はダンボになっていった。そして、ダンボになった耳は交番の奥の会話へと大きくなっていく。

聞こえてくる言葉は、刑事ドラマのセリフそのまま。聞き込みとか、事情聴取とか、鑑識の結果待ちなどなど。(コリャ、本物の警察24時だ)と奥の話に聞き入っていると、奥から誰かがウッチャンに近づきながら声をかけてきた。「待たせてしまって悪いね」。それは、奥であれこれ指示をしていた声であった。(この人、刑事さんなんだろうなぁ)と思いながら、「イエ、たいへんな時にすいません」と返事をすると、「イヤイヤ、気にしないでください。仕事ですから」と言葉を返してきた。これに、「銀行のある方向はわかりますので、横断歩道を渡していただければ・・・」と話すウッチャン。すると、「○○銀行でしょ、けっこう歩くよ。たいへんだからもう少し・・・」とウッチャンに返事をする刑事さん。

パトカーに乗って銀行まで!?

そこへ、奥から声がかかった。「方向がおなじだから、パトカーで行けば」の声。これに、「そうだなぁ・・・」と答えた刑事さん。ウッチャンに「パトカーに乗って・・」と話しかけてきた。これにあわてて、間髪入れずに「パトカーはまずいです」と声を上げたウッチャンだった。パトカーと聞いて、何をビビッているのか、まずいって何がまずいのか。そのあわてぶりは、ウッチャンらしくない。と言うより、この時の姿が真のウッチャンなのかもしれない。

それはともかく、「まずい」と言われた刑事さん、なんでまずいのか不思議に思うのは当然の事。当たり前のように、「なんで」と尋ねてくる。ウッチャンの小さな脳みそは、フル回転、エンジン全開。そして、発した言葉は「銀行の前に、パトカーが止まってたら、みんな何事かとビックリしますよ」だった。なんとまぁ、なさけないセリフ。ところが、「たしかに」と返事が返ってきたのだ。これにホッとするウッチャン。しかし、相手は刑事、簡単に納得しないのが仕事みたいなもの。「そうは言っても、ここをカラッポにするわけにはいかないし、だれかが戻ってくるまで待たせておくわけにはいかないです」と言ってきたのである。これにあせるウッチャン。「向こう側に渡してもらえれば、後はなんとかなりますから」と必死の返事。そこへ、「自分がお連れします」の声。その声に、ほっと胸をなで下ろすウッチャンだったが、そんな気持ちも、「バイクはどうするんだ」の刑事さんのひと言でふっとんでしまった。(パトカーの次は白バイかよ。かんべんしてくれぇ)と、身勝手な思いで交番に来たことを悔やむウッチャンだったのである。

しかし、話をちゃんと聞けば、あせる必要はないのだ。バイクはどうすると言っているのであって、乗せるとは言ってはいない。だいたいバイクと聞いて、白バイに乗るのかと思う方がおかしいのだ。

楽なバイクも、押していくなら鉄のかたまり

話は、どこかに行くように指示があって、バイクで行くのだが方向が同じなので、入り口までは、バイクを押して行くので、バイクの後ろにつかまってもらって行けば・・・と言う事だったのである。説明されて、やれやれと思うウッチャン。だが、やれやれと思うのはウッチャンではなく、バイクを押していくおまわりさんだったのである。

乗って走ればラクなバイクも、押して行くともなれば、何十キロもある鉄のかたまり。たいへんな体力を使う。ましてや、鉄のかたまりの後ろにはウッチャン。体力だけではなく神経も使う事になる。そんなたいへんな思いをさせている自分に、気づくのは横断歩道を渡ってからしばらくたってからであった。

ともかく、パトカーに乗らなくていいようになった事、どんな方法でも誘導してもらえる事が決まった事でホットしているウッチャン。刑事さんや、交番のおまわりさんに、何度も礼を言って交番をあとにしたのである。バイクの後ろにつかまり歩き出すウッチャン。横断歩道を渡り左方向へ、バイクにつかまり歩道を歩いている。久々の珍しい体験に(ヤッタネ)と思って歩いていた。

ところが、歩道がなくなる手前を知らせる点ブロを足下に感じて、1メートルほど進むと、バイクが一瞬倒れるような揺れを感じた。小さく、「オット」というおまわりさんの声。そして、つづけざまに「ウーン」と声を出してバイクを押したのである。

どうやら歩道にバイクを乗り上げようとした時、少しの段差に、バイクの前輪を乗せられなかったのが原因だった。この時、自分のしたことの重大さに、やっと気づいたウッチャン。バイクを押すようにして歩き出したのである。時間にして10分ほどで、銀行の前に到着。誘導してくれたおまわりさんに、何度も礼を言うウッチャン。そして、わがままな事を頼んだと謝罪したのである。それに、笑いながら気にしないでと答えるおまわりさんだった。

この体験をある友人に話した。それなりにウケて笑ってくれた。落書きのネタになるなと、喜ぶウッチャン。しかし、言葉にするには難しい、文字にするにはもっとたいへん。体験しなければ、経験しなければわからない思いがある。たとえ、それが数分にも満たない時間であっても。警察官として仕事をしている、イヤ生きている人間の姿を知ったウッチャン。おもしろおかしくこの話をしても、おまわりさんたちへの尊敬と敬愛の思いは消えることはないだろう。

第24回終わり