13 朝、洋が雑木林に囲まれたホームへの進入路に入ったとき、「おはよう」 と声をかける人がいた。 小森トミさんだった。近づいてみると、トミさんは車椅子に乗っていて、その車椅子を押しているのは兼吉さんらしかった。 二週間ほど入院して、トミさんは退院してきた。まだ足元がおぼつかなくて、車椅子に乗っている。 それでも口は達者だ。 「洋さん、私が入院してる間に、お嫁さん見つかったの?」 「残念ながら、まだです」 「そうかしら。ニコニコしてて、嬉しそうだから、見つかったかなと思ったわよ」 「元気になれて、よかったですね」 と洋が話題を変えると、 「本当にね、おかげさまで。全く病気って恐ろしいね。発作のときは、心臓を握り潰されるようで、息ができなくなっちゃうんだよ。本当に元気で生きられるっていうのは、ありがたいねぇ」 と、トミさんは感慨深げに言う。 「どっちみち、そのうち死ぬよ」 と、車椅子の背後に立っていた兼吉さんが、憎まれ口をきいた。 「全くね、こればっかりは、心中でもしなけりゃ、手に手を取ってっていうわけにいかないものね」 と、トミさんは、いたって真面目だ。 「大丈夫ですよ。田所先生もついてるし、介護員さんも、看護婦さんもついてるんだから」 洋はいつになく弱気なトミさんを励まして、職場に入った。 このページの終わりです。 |
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