現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第11回

第9話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第九話 ハーモニー

電車のつり革のイラスト

ある日曜日の午後。
ウッチャンは、JR横浜駅の根岸線ホームにいた。ホームは、たくさんの乗客で、ワイワイガヤガヤ状態となっていた。電車を待つウッチャンの表情は、すこし緊張している。それは、ホームに着いた直前に起きたことが原因となっていた。

ホームに着くと、運よく自分の乗車する電車が、駅に入ってきた。しかし、その電車に、ウッチャンは乗車することができなかったのである。
視覚障害者にとって、音による情報は、もっとも重要なものなのです。
電車が、入ってきたのも、停車したのも音でわかった。しかし、ドァの開閉する音が、周りの騒音と行き先の案内放送が重なり、ドァの位置を知るための音が聞き取れなかったのだ。その上、降りてきた人達に、前をふさがれるは、後ろからは、乗車しようとする人達に押され、自分の方向を見失ってしまったのである。
前には進めない、横にずれようとすれば、後方から来る人にぶつかる。 見えないなりに、よけて移動するウッチャン。 発車ベルが鳴り始める。 この時、あわてて乗車することは、危険と察した。
そして、もう一つ電車に乗車するための基本的な動作ができなかった。

ライトホームでの歩行訓練、交通機関の利用。
特に、駅ホームでの移動、乗車方法の指導は、しつこいほどやらされたし、きびしかったのだ。また、「確認しなければいけないことを怠ると、後でイタイ目に遭うことになる。二度と家に、帰れなくなることもあるぞ!」アドバイスなんてもんじゃない、ハッキリ言って、脅し文句。しかし、ウッチャンのような性格の人間には、このぐらいのほうが効き目があるのだ。
その証明は、一人で歩けるようになって、いまだ事故に合うこともなく、ケガをすることもなく行動できている事で、理解してもらえるだろう。

さて、ウッチャンは、ホーム上のどの辺に、自分が居るのかを知るために、耳をすませジッとしていた。
前方にあるとなりのホームから、流れてくる案内放送が、斜め前から聞こえてくる。
正面から聞こえてくるように、身体の向きを変えるウッチャン。
そして、白杖を前に突きだすと、杖をスライドさせて、前へと進もうとしたとたん、杖が点字ブロックにあたった。
(オット、あぶないあぶない)と思いながら、一歩さがって、となりのホームの音が、正面から聞こえるか、改めて確認するウッチャン。
(これでヨシ、直進して点ブロを確認、ホームの端と電車の間隔を確認、後は聞こえたドァの方向に、向きを変えて進む。そして、電車に乗り込む)。
と、暗唱していた。

ここで、やっと緊張が和らぐウッチャン。
自分の周りの状況もわかるようになる。
右側には、おばさんの集団、左には、カップルが二組。
さて、後ろはと耳をすませると、ナント、若い女性の声がするではないか、ウッチャンはひらめいた。
(電車が入ってきたら、乗せてもらいたいと頼んでみよう。だめだった時は、自力で乗ればいい。わかっていても無理はしない。援助を求めて、より安全に移動する。他人を、トラブルに巻き込まない方法でもある。とにかく、一番安全な方法があるならば、そう行動すべきなのだ)と、
自己中心的とも言える、考えと解釈を、自分勝手に納得して、声をかけるタイミングを計るウッチャンでした。

しばらくすると、案内放送が流れた。
(大船行きか、ヨシ!)と想うと同時に、振り返るウッチャン。
そして、「スイマセン。」とひと言。
返事はなし、(だめかぁ)と思いながらも、もう一回、「スイマセン。」とひと言。
すると、「ハイ、どうされました?」と返事。
その声に、(エッ、あんたじゃなくて、おねぇちゃんは?)と想うウッチャン。
おねぇちゃんに、声をかけたつもりのウッチャン。
これに、応えてくれた声は、中年をイメージする女性の声だったのです。
「なにか?」と尋ねられ、「別に。」なんて言えるわけもなく、
今から来る電車に乗りたいので、ドァまで誘導していただけないかと、お願いするウッチャン。
「私も乗りますので、ごいっしょに。」と、応えてくれた女性。
それに、「ありがとうございます。」と返事をするウッチャン。
しかし、頭の中は、(若いおねぇちゃんは、どこに行ったのかな)と想っていた。
なんたる思い、親切に応えてくれた人に、あまりに失礼な考え方。

世間は、きっと許さない。いつかイタイ思いをすることになるだろう。
だがこの後、ウッチャンは、思いもよらないほどの多くのやさしさと出会うことになる。

到着した電車に、誘導され乗り込むウッチャン。
ツリカワにつかまろうとした時、「どうぞ、座ってください。」の声。
すると、電車に乗せてくれた女性が、
「前の若い方が、席をゆずってくれましたよ。」と、ウッチャンに声をかけた。
ゆずってくれた女性に、「ありがとうございます。」と、応えて座るウッチャン。

電車が、走り出して、すぐに車内放送が流れた。
それを聞いて、(まずいなぁ)と想うウッチャン。
車内は込んでいるが、うるさいわけでもない。
しかし、何を言っているのかわからないのだ。
ウッチャンの目的地は、港南台駅、初めて行く場所なのだ。
横浜から大船までの間にあることしか知らない。
車内放送が、頼りだったウッチャン。
(さて、どうするか)と考える。
こうなれば自分の前にいる、席を譲ってくれた人か、電車に乗せてくれた人に尋ねるしかないと想ったのです。

すこし身を乗り出し頭を上げ、「アノー、港南台駅はいくつめあたりかご存じですか?」と、正面に立っている二人に尋ねてみた。
すると、「港南台?そんな駅あったかしら。」と、誘導してくれた女性の声。
(だめかぁ)と想うウッチャン。
しかし、席をゆずってくれた女性が、「ありますよ。いくつめかなぁ。たしか、○○駅の次だと想うんですけど。」と返事が帰ってきた。
思わず、「いくつめか、わかりますか。」と、尋ねるウッチャン。

「エート?横浜、桜木町・・・。」と、駅名を数え始める女性。
いくつか数えていると、「次はぁ。」となやむ女性。
「○○駅だと想うんですけど。」ともう一人の女性が言った。
それを聞いて、「そうそう。」と応えながら、また最初から数え直す女性。
すると、片方の女性も、いっしょに数え始めたのです。
だが、またまた思い出せない駅名で、悩む二人。
そこへ、どこからともなく、「○○駅だよ。」の声。
そして、また最初から始める二人。
こんどは、「○○駅が、抜けてるよ。」の声。
「アッ、そうだっけ。」と応えて、また最初から。

ウッチャンは、(まずいなぁ、おおごとになっちゃったみたい)と思い始めていた。
ナント、ウッチャンと二人の女性の周囲の乗客まで、駅名を数え初めていたのです。
これが、なんでここまできれいに、そろうのかと想うほどハモッているのである。

(まずくはないけどまずいなぁ、やばくはないけど、やばいなぁ)と、なんとも表現しにくい思いで、見守るウッチャンだった。
そして、ハーモニーのように、「港南台」の声が響いた。
「いくつめ?」の女性の声。
「九つめだよ。」と、応える声。
「九つめですよ。」と、ウッチャンに声をかける女性。
すかさず、「わかってよかったですね。」と、もう一人の女性も声をかけてきた。
「ハイ、ありがとうございました。迷惑かけてしまったようですいません。」と
返事をすると、「迷惑なんて、とんでもない。」と、席をゆずってくれた女性。
「そうそう、気になさることないですよ。ねぇ。」と、誘導してくれた女性がとなりの女性にひと言。
すると、「ほんとにそうですよ。」と応える女性。
見知らぬ者同士の二人が、友達のように笑ってウッチャンに応える。
「とにかく、九つめだよ。しかし、世の中まだまだ捨てたもんじゃないねぇ。」と、ウッチャンのとなりに座っていたおじさんが、うれしそうに話しかけてきた。
その言葉を聞きながらウッチャンは、すこし背伸びをして、チョットばかり大きな声で、「みなさん、助かりました。ありがとうございました。」と、周囲の人達に、聞こえるように礼を言ったのです

そんな中、電車がスピードを落とし始めた。
「ここで降りますので、気を付けて。」と、誘導してくれた女性。
すると、「私も降りますので、気を付けて。」と席をゆずってくれた女性もウッチャンに声をかけた。。
二人に、礼を言うウッチャン。
そして、下車するために、席を離れる人や、ドァに向かう人たちからも、「気を付けて。」の声が、ウッチャンにかかる。
その声に、一つ一つ、「ありがとうございました。」と、お礼の言葉を返すウッチャン。

電車が、ホームに入ったのか、ブレーキの音。(ほとんどの人が、降りてしまうのかぁ)と想っていると、ドァ付近から、「間違えるなよ。」と、おじさんの声。
それに、「ハイ、がんばります。」と、応えてしまうウッチャン。
すると、「がんばらなくていいから、間違えるなよ。」の返事。
(アッ、そうか)と想ったウッチャン、「ハイ、間違えません。」と応えた。
すると、「ハハハ。」と、おじさんの笑い声。
それにつられるように、その周囲に笑いがおきたのです。
ウッチャンも、テレ笑いにしては、大きな声で笑った。
ドァが開き降りて行く人達。
あらためて、ウッチャンに、声をかけて降りて行く人達もいた。
その声に、「ありがとう。」の言葉を返すウッチャンでした。

横浜から桜木町までのホンの数分の出来事。バチが当たるほど、イタイ思いをする以上に、ウッチャンの心に深くしみ通ったのです。
一人になったウッチャン。
あの人が、居なければ、・・・。
あの人が、自分の声に応えてくれていなかったらと、横浜駅での自分の思いを反省するのでした。

そして最後に報告します。
もちろん、間違えることなく港南台駅で、ウッチャンは降りましたよ。
心揺さぶるハーモニーは、音楽の中だけではない。
言葉の中から、そして心の中から生まれるハーモニーもある。

第11回終わり