17 その週末、洋は三つの電車を乗り継いで一時間以上かかる町にある、ユリのアパートを訪ねた。電話で話をするだけで、洋とユリは一カ月以上会っていなかった。洋が初めて訪ねたときと比べて、部屋の様子はずいぶん変わっていた。部屋には、白い戸棚と整理ダンスがあった。 「これ、いいでしょう。職場の人が引っ越すときに要らなくなったのを貰ったの」 「どうやって運んだの?」 「職場の人に運んでもらった」 そう答えたユリの声は、なぜか少し翳っていた。洋にはそれがちょっと気になったが、それはすぐに、ユリと一緒にいられる喜びに紛れた。 ユリは、とても元気だった。新しい職場での出来事のあれこれを、詳しく洋に話して聞かせた。 とにかく朝九時から午後一時過ぎの昼休みまでは、いままでに経験したことがないほど忙しくて、トイレに行く暇もないこと。一人一人の患者に対して、どのように作業療法のプログラムを立てたらいいか、さっぱりわからなくて、先輩に頼りっきりであること。ドクターから回ってくるカルテは、細切れで意味がわからなくて、一目見て頭の中が真っ白になったこと。その上、やたらに英語が多くて、大急ぎで英語の勉強をしなければならないこと。 「私、学院での三年間、何を勉強してたのかしら。三年生の間ずっと洋と遊んでばかりいたせいかな」 そう言ってユリは笑った。 二人は近くのスーパーに買い物に出掛けた。コンビニのレジで、洋は自分の財布から金を出そうとした。かつて、ユリと一緒に買い物をするときは、いつもそうしてきた。ところが、このときのユリの反応は、洋が全く予期していなかったものだった。 ユリはこう言った。 「いいわ、私、もう働いているんだから、自分で払う」 そのユリの言葉に、洋は決然として譲らないものを感じた。 二人はさらに酒屋に寄って、缶ビールを何本か買った。 食事が済むと、洋はユリの体を抱いて床に横たえた。唇を重ねる。ブラウスのボタンを一つ一つ外す。洋の指は、もうそういう仕草に慣れていた。洋は、愛しいユリを一か月ぶりに抱いた。 狂おしい一時が過ぎた。しかしこの日のユリは、かつてよくそうしたように、たおやかな仕草で洋の髪を弄ぶことはしなかった。 翌日の早朝、ユリが用意してくれた朝食を食べ終えて、仕事に向かう洋が玄関に立って、 「また来週」 と言うと、 「来週ね、ちょっと郷里に帰らなきゃならないの。だから、再来週」 と言ってユリは洋を送り出した。 このページの終わりです。 |
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